気持ちの「氣」は生きるエネルギー

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こんにちは 自己肯定感up⤴カウンセリング つながりセラピーの島村繭子です。

私たちの命が今ここにあるということは、 たくさんの受け継がれた生命の奇跡が重なっているということ。
今、ここに存在していることは、 何よりかけがえのない大切な存在であるということ。
命をつなぐことは、ヒトが種の存続のために最もエネルギーをかける最も尊い出来事。

ココロの奥底では知っているはずなのに、そう思えなくなってしまう出来事が重なると、苦しくなって不安定になります。

「何かができない私には価値がない。何かができる私は価値がある」

そう思い込んでいた以前の私は、それでも頑張れた。頑張って何かを手に入れようとして、頑張る自分がえらいと思っていた。
必死で何か価値のある自分になろうとしていました。
結婚をすれば、、、子どもを産めば、、、資格をとれば、、、(先日確認したら、取ったことも覚えていないような資格がズルズルと出てきました(笑))
それなのに、なにも変わらない。そして、頑張れなくなってしまった自分には価値がない。
わたしっていったい何のために生きているんだろう・・・・・・

そうすると、なにもやる氣がおきなくなってしまう。氣力がなくなってしまう。
生きたいという氣持ち、そのものが感じられなくなっていきます。

氣持ち(感情)って生きるために必要なエネルギー。
氣持ちを充分に感じると、エネルギーが循環します。
身体の中を水や血液が廻るのと同じように氣持ち(感情)というエネルギーが巡ると、生き生きと、彩り豊かな人生を感じることができるようになっていきます。

感情には、喜び、悲しみ、怒り、怖れがあります。
悲しみ、怒り、恐れなどいわゆるネガティブ感情を感じないように生きていると、喜びも感じられなくなり、ぼやけた人生になっていきます。そうすると、氣力もなくなり、生きるエネルギーが薄れていきます。

氣持ちが感じられないときは、静かな安心できる場所でじわ~っと力を抜いてみてください。
ただそのまま、ココロの奥底から湧きあがってくるメッセージに耳を傾けてあげてくださいね。

 

余談になりますが、「氣」と「気」の違いをご存じですか。
当用漢字では「気」なので「氣」は旧字で古くさい漢字のように見えるかもしれませんが、あえて使ってみました。「氣」と「気」を置き換えて感じ分けてみたら面白いかもしれません。
見てわかるとおり、違いは米と〆ですが、これがじつは大きな違いなのです。

「米」はわたしたち日本人にとってはエネルギーの源。八十八と書くことからも、末広がりで八方に広がることを意味しています。エネルギーのあるべき姿は全身から放出されることなのです。
一方「〆」はエネルギーを〆る(しめる)ことになり、エネルギーが押さえ込まれているような感覚になりますね。

視覚は、自分が思うよりもはるかに深く身体感覚に染み入ってきます。漢字はそのもので意味を表しているので、細胞で受け止めているんだなあと感じている今日この頃です。そして漢字が置き換わっていった理由は、画数を減らすためではなく、文字と言葉の意味をかけ離れたものにして、わたしたち日本人を骨抜きにするため、第二次世界大戦後に行われてきたGHQの占領政策が背景にあると知ったらどう感じるでしょうか。

日々、なにげなく使っている言葉や漢字からも自己肯定感を高めるヒントがありそうです。

 

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