今は、親とも仲が良いし、助けてくれているんです。の裏にあるもの

[しまむらまゆこのメールレター5月号/2019]

サロンにトイレの神様をお迎えしました。
烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)と言います。
トイレ、廊下、仏間の壁を珪藻土に塗り替えましたので。
素人仕事ながら、なかなか気持ちよく清々しくなりました。

母との関係がうまくいかず、嘆いていた頃、
職場の友人(といっても、母に近い年頃の人生の大先輩)から、
「あなたのお母さんは、本当に幸せね〜」
と言われたことを思い出しました。

本当はもっと口は悪いのですが、意訳すると
「お母さんの生き方が尊重されて、健康で、
ご主人も子ども達もいて、孫までいるんだもん。
そりゃあ、恵まれてて幸せだわ」と。

不意を突かれて、ど直球に入ってきました。

お母さんが幸せ、
という言葉にこんなに衝撃を感じるのか
というくらいの
驚きと安堵と脱力感と安心感がいっぺんに押し寄せてきて、
涙が出ました。

そういうことって、ありませんか?

へ?

って思うほど、
思わぬところから球が飛んでくる、みたいな。


コンステレーションの現場ではあります。

私たち子どもは、
自分がイイ子でいれば、お母さんが幸せになるんだ、
という熱い妄想を抱きます。

また、幼い子どもは生と死が理解できていないので、
命を投げ出すことも構わず、
母親の抱える痛みや重荷を請け負うことに人生を注いでいきます。

その生き方は大人になっても変わりません。
表面的には、
親から独立して結婚し家庭を持ち、
子どもがいる暮らしかもしれない。

けどね、
心の見えない部分(90%以上を占める潜在意識)は、
ずっと幼い子どもの頃から変わらず、
母親を助けたい、
幸せにしようと努力をし続けたままです。

そうやって
自分のためではなく人のために生きることを何十年も経ってしまうと、
やってもやっても報われず、
自分の人生ってなんだろう、
という空虚感や孤独感に苛まれていきます。  

現在は、
親は助けてくれているし、
仲もよいのに。


心の底では頼ることができなくて、苦しい。

こんな自分はダメなんだと
自分をさらに責めて動けなくなっていきます。

コンステレーションでは、本来の自分の人生を歩き始めるお手伝いをします。
親を責めるのでも切り離すのでもなく、
自分の内側深くにあるものを客観的に見て、
受け取るというシンプルな方法で。

自分の感覚がほんのちょっぴり変わったら、
見えてくる世界は明らかに変化していきます。


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