届かない声と微弱陣痛

[しまむらまゆこのメールレター6月号/2019]

昨晩の東京は、お月様がとってもキレイに見えていました。
まんまるなお月様を眺めている時間、好きです。


今月のメールレターはテーマが絞れず、
なんども書き直していて
配信がすっかり遅くなってしまいました。

そして、ふと気が付いたのです。

いくつかのテーマをひとつにまとめることができないだけなんだと。。。
ただそれだけなのよね。

あれもこれもは伝えられないから、
ひとつずついきましょう。


と、収まりがついたところで

今日は、その中のひとつをお話します。

始まりは
『私の声は届かない』
という思いが根底にあることを思い出したことからです。

それは
『(自分の思いを届けることが)できない』
と繋がっているなあと感じていました。



私の声は、聞き取りにくいことがあります。

セッションの時、耳の遠い人と話す時など、
聞き返されることもよくあるし、


喋ろうとしても声がかすれていたりすることもあります。


以前と比べると、
そのような場面は減ってきましたが、
ある程度の声量の声を出すには、
今でもかなり意識が必要です。


ちょっと先日、
耳の遠い目上の方と食事をする機会があったので、
余計に気になったの
かもしれません。

そんな時、90歳の現役助産師 坂本フジヱさんという方のお話が
Facebookで流れてきて、、、

(1924年生まれなので、なんと現在は95歳!
スパッと清々しい言葉遣いが気に入って本も読んでいます)


https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/ 00059/052300001 /?fbclid = IwAR1LtZOXv5Mf1zJXxr7MCP71Xru8mTTHiLSTeMFo1ob7fg2GkUUqF1tZ1sw

そこには「陣痛は赤ちゃんからの言葉」という文字があり、
「微弱陣痛はお医者さんがつけた名前で、
赤ちゃんがいったん休んで、
頭部を調整するというメッセージなんやと思う」
と書いてありました。

「本来、微弱陣痛というものはないんだよ」
と教えられたことで救われた感じがしました。


私の声は届いていたんだな、
と思えるだけで湧き上がってくる安心感。
不思議です。

私の母は微弱陣痛で、兄が仮死状態で生まれてきました。
(その後はすくすくと健康に育っています)

そのため、
2番目の私のお産の時には、
お医者さんの勧めで、無痛分娩を選択し、
陣痛促進剤を使って出産したそうです。

私の意識では、その時の記憶はありませんが、
人生の第一歩で、
出産という母との共同作業がうまくいかなかった敗北感というか
無力感や絶望感があったのだろうと思います。



生まれた時の感覚は生き方にも影響していて、

私の場合はいくつかありますが、


自分の声は届かない


というのも、その一つなのかもしれないと思います。


今、ことばについて、安心、安全と信頼について、
改めて学び直しているところです。

セラピストとしても、
私自身ももっとも大切にしておきたい部分なので、
丁寧にやっていきます。

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