上手に気配を消すというクセ

自分の小さなクセは気がつきにくい。

それがいつから始まったのかわからないくらい、
ずっと前からやってきたことだったら、余計に気がつくことが難しい。

ましてや自分の中に生まれる違和感に気がつかないほど、
瞬時にやってしまうのでほんとに掴めない。

そんなもどかしさに悶えたことがあります。

 

「誰かと一緒にいると、カメレオンのように色を合わせている。」

 

自分の湧きあがってくる気持ちを瞬時にかき消して、
さも、何もないようにしている。

すーっっと存在をかき消して、存在感をなくそうとする。

それが私のクセでした。

 

あるとき、
ファミリーコンステレーションの師匠や先輩から「気配を消すよね」と指摘され、
わたしの代理人をやってくれた仲間が「内側から上がってくる感覚を上手に抑えてないことにしている」「置物になっている」と教えてくれたことから、自分を振り返ってみたことがあります。

 

何をするにも、他の誰かが基準だった。
誰かに合わせ、
誰かの気分を害さないような選択をし、
表面上はなんとかうまくやっていくという生き方を身につけてきた。

もしくは意地を張る、あまのじゃく戦法も使ってね。

そして、うまくいかなかったら誰かのせいにしてきた。ひっそりと・・・

 

結局いつも本心は、別のどこかに置いたまま。
いつの間にか、自分でもどこに置いたのかわからなくなっていきます。


そうしたらある時、自分はいったい何をしているんだろう、という感覚に襲われました。

自分が空っぽで、
何を感じているのか、
何をしたいのか、
何が楽しいのか、イヤなのか、
自分は生きているのかさえ分からなくなっていきました。

そこで初めて「苦しい」ことに気づきました。

自分の生き方が苦しい。

そうして、心理の勉強をしていきました。

 

・自分の内側から湧きあがってくる声を聞く。

・自分の思いを表現する。

この2つが大きな課題でした。

なにしろ目の前に人がいると、それだけで無意識に相手に意識が向いてしまう。

 

「自分の思いを大切にしましょう」

「自分の気持ちはどんな気持もそのままでOK」

言葉では簡単に言えるのに、いつもそうできるかというとなかなか難しい。

 

あれからさらに月日は経ち、

変わらないものと変わったものがあります。

 

じつは自分の特性は変わらない。

その使い方が変わってきたと感じます。

それだけで、随分と楽になっていくものですね。